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■ごあいさつ
2003年11月1日に開業しました。
簡単に自己紹介します。
1952年日立生まれです。つまり、今、開業している場所の生まれです。
父は、昭和25年この地で開業、以後およそ40年病気でリタイヤするまで診療を続けていました。
私は、当初医者志望ではなく、あまりはっきりした問題意識もなかったのですが、何となく心理学に惹かれ、東北大学教育学部教育心理学科に入学しました(昭和45年)。「心身欠陥学」という、今でいえば「障害児教育」の専攻です。たいした勉強もしませんでしたが、その中で「精神医学」に興味をもち、東北大学卒業後、医学部を志しました。昭和57年北里大学の卒業です。膠原病内科の医局に入局しましたが、なぜ精神科ではなく膠原病内科なのかは、また機会があればお話します。昭和64年日立総合病院に内科医としてもどり、平成4年に多賀総合病院リウマチ膠原病センターを立ち上げ、以後、退職する平成15年9月まで、リウマチ膠原病の専門医として働いてきました。また多賀総合病院の最後の3年間は、副院長を兼任し病院経営や、医療経済ことなども垣間見ることができました。 肩書きをオープンにすることは、恥ずかしい限りですが、「医学博士」「日本リウマチ学会指導医・評議員」のほか、私が誇りにしているものは「日本内科学会認定専門医」という肩書きです。
私は、リウマチ膠原病の専門ですが、この疾患群は、体ぜんたいをGeneralにみることが要求されます。その意味で私は、「内科専門医」であることを誇りにしています。体を総合的に診ること、そして危機をいち早く判断し、高度専門医療機関と連携すること、このことは「西成田医院」の基本的姿勢です。
そしてまた、体のみならず、心や精神の問題にも私の力の及ぶかぎり対応していくつもりです。医学的知識だけではなく、「知恵」の部分も開業医は求められているとひしひし感じています。
2012年1月1日 震災後という時代
「謹賀新年」と言うことは止めておきましょう。「がんばろう」と言うことも止めておきましょう。「絆」ということばは、いい言葉ですが、被災者の置かれている状況は過酷で生易しいものではなく、ワンフレーズでくくれないものだと考えます。当地域も被災地でした。困難な状況を経験し、あるいは未だひきずりながら、果てしないストレスを抱えている方が多数おられるものと推察します。
「震災後」という新しい時代が始まったと感じています。過去にもっていた「ものの見方、考え方」は少しずつ変容していると思いますし、大仰に言えば、文化そのものにも影響を与えていくのではないでしょうか。また、そうあらねばならないと考えます。
この時代にいることを奇貨とするしかありません。悲観も楽観もしません。私にとっては粛々と医療人としてすべきことをまっとうしていくしかありません。今年こそ、「震災後」という新しい時代の幕開けにふさわしいよい年であるよう、願ってやみません。
2011年1月1日
新年あけましておめでとうございます。
皆様方のご健康とご多幸を祈ります。
今年こそ明るい出来事がたくさんあるようにと願わずにはおれません。そのくらい昨年とういう年は、息が詰まるような閉塞感が強い年であったように思います。私個人でどうにかなる問題でもありませんが、時代状況にめけず前向きに進んでいく覚悟です
昨年は大相撲の世界も波乱の年でした。その中でも横綱、白鵬の連勝記録は見事というほかありません。言われるように、日本人以上に日本的精神の持ち主である故に、浅薄な民族感情を吹き飛ばして賞賛する気持ちになります。白鵬自身が尊敬する力士として常々口にしますが、大横綱の双葉山。69連勝し負けを喫したとき、「我、未だ木鶏足り得ず」(ワレ モッケイニオヨバズ)と言ったことも有名です。闘鶏用の軍鶏は、一番弱いのは、よく鳴き叫んで相手を威嚇しやたらに動きまわる軍鶏(原典「荘子・外編」によれば空威張りして「俺が」という軍鶏))。次は、動きはないが威嚇の声の大きい軍鶏(同じく、相手の姿をみると興奮する軍鶏)。次に強くなるとじっと動かず相手を睨んでいるだけの軍鶏(にらみつけて圧倒する軍鶏)。そして、その上をいくのが「木鶏」。木彫りと見まがうほどに静かで存在さえ薄いような軍鶏。
さてさて、私は医師として人間として、どの程度の軍鶏なのか?白鵬が負けてから、双葉山を連想し折々に考えています。むろん、木鶏足り得ずです。
本年も何卒よろしくお願いいたします。
2010年1月1日
新年あけましておめでとうございます。皆様のご健康を祈ります。
今更ながらですが、「健康」ということの大切さを改めて実感しています。同時にまた、病気と闘われている方の心情に、さらにさらに、思いを致さねばという思いを新たにしています。
昨年は「新」の多い年でした。本邦でも米国でも政権の交代がありました。、わが国では裁判員制度の導入など制度上の「新」もあり、スポーツ界ではイチローやボルトの記録も前人未踏でした。そして、現在進行中の新型インフルエンザ。インフルエンザについて触れますが、私は人類が最後の最後まで克服すべき病として残るのは、インフルエンザに代表されるウイルスによって引き起こされる疾患だと思っています。じたばたしても始まりません。英知を集め、粛々と事にあたるしかありません。新しい英知で、度々に現れるウイルスに勝利することは現在も未来においても十分可能だと確信します。
新年が文字通り「新しい」未来の一歩になることを願って止みません。私について言えば、公人としても私人としてもまだまだ「発展途上」であることを認識しつつ、「新しい」高みを目指す覚悟でいます。
本年も何卒よろしくお願いします。
2009年1月1日
新年あけましておめでとうございます。
当院は、開業以来5年が経ちました。「もう5年」という意識と「まだ5年」という意識と半々でやや複雑な思いです。満足すべきこともないではありませんが、それ以上に自分とその診療に忸怩たるものがあるのも事実です。多くの総合病院では第3者による評価や患者さんの声を受け取るシステムが確立していますが、個人の診療所ではなかなかそうもいきません。「KY」にならぬよう、ひとり一人の患者さんと向き合うなかで、真摯に対応することでご容赦をいただくしかありません。
「社会的常識に欠ける」医者の一人かもしれませんが、さらにセンスを磨き、それ以上にコモンセンスを深めることを、日々の自分の戒めにしたいと考えます。
昨年はおぞましい事件が相次ぎ、何とも暗い不況の年でした。昨年の漢字は「変」ということですが、「変」の結果は今年です。「大変」ではなく「改変」の年であるよう願って止みません・
6年目の出発の年頭にあたり、志を強く新たにして診療にあたる所存です。
最後になりましたが、皆様方のご健勝を祈念いたします。
2008年1月1日
新年あけましておめでとうございます。皆様かたのご多幸を祈念いたします。
昨年、診療のなかで折々に感じたことは、「心と体」の問題でした。私のなかでは、ずっと以前からある問題意識ですが、昨年は特につよく感じました。世の中の仕組みは複雑化し、本来あるべきシステムが崩壊し、あるいは本来あってはならない価値観が台頭する。ものは順にでるのではなく逆にでてくる。「ストレス社会」ということばは言われて久しいことばですが、近頃、ますます実感される方も多いのではないでしょうか。何故なのか?分析はその道の専門家に任せましょう。
医療は、病気をみても、なかなか心の問題には踏み込めない。心の問題さえも薬で解決しようとする。薬は大事ですが、何か別のアプローチも必要だろうと思います。そんな忸怩たるおもいの一年でした。無論、私は「心の問題」の専門医ではありませんし、「余計なお世話」と感じられる方も少なくないでしょう。私にできることは「体の病気」に対する治療場面で、可能な限り「安心」を与え続けることだと思っています。限られた診療時間ですので、どのくらい力になれているのか心配です。どうぞ、可能な方はホームページのメールからアプローチしてください。別の
ダイレクトメールからでも結構です。dchyf635ybb.ne.jpです。
本年も何卒よろしくお願いいたします。
2007年1月1日
新年あけましておめでとうございます。
皆様かたにとって、今年も良い年であるよう祈念いたします。
お蔭様で開業して3年目が過ぎました。月日の経つのが速く感じられます。
ご存知の方も多いと思いますが、「地球暦」というのがあります。ビックバンで宇宙が誕生したのが約46億年前とされます。それを「大晦日」つまり12月31日の午前0時とすると、悠久の時間が過ぎ、生命らしきものがこの地球に存在し始めるのが6月ごろ。恐竜が滅ぶのが12月24日。人類が誕生し文明らしきものを作り出し「文明開化」するのは、除夜の鐘のほんの数分前であり、産業革命は11時59分のことです。。考えてみれば、この大きな時間軸のなかで、たかだかお互いの数十年の時間を共有するということは、何とも摩訶不思議なことです。一期一会の精神というべきでしょうか。
今年の私のキーワードは「仏手仏心」です。
本年も何卒よろしくお願いいたします。
2006年1月1月
新年明けましておめでとうございます。
皆様かたの御健康と御多幸をお祈りいたします。今年も何卒よろしくお願いいたします。
本年も「リウマチ医としての高い専門性と一般内科医としての良質な医療」を目指し努力
してまいります。
よく言われることですが、たとえば一級何某、二級何某、といった職業はあまたありますが、
医師に一級、二級はありません。医師国家試験に合格すれば生涯医師であり続けます。
免許の更新制があるわけでもなく、卒後一定の期間除けばを研修が義務づけられている
わけでもありません。それだけに、医師個人の自覚は重要だと考えます。
「日々精進」です。
歳を経ることで培われるものもあるし、歳を経ることで本来失ってはいけないものを失うこと
もあるわけで、そのことはよくよく留意していかねばと考えています。
2004年5月1日
開業して半年がたちました。病院としてのアメニティー、そして職員の接遇態度、私自身まだまだ自信がもてない日々です。無論、診療内容そのものにも反省することが多く、どれだけ満足いただいているか、いつも不安でいます。ただ、常により良い方向へと努力は怠ってはおりませんので今後ともよろしくお願いしたいと思います。
前回のあいさつにも書きましたが、私の専門は「リウマチ膠原病」ですが、特にこの分野は内科一般を幅広く診ることが、基本的に求められる分野です。糖尿病や高血圧といったいわゆる生活習慣病も当然のことながら守備範囲です。ある意味では、「何でも屋」です。ただ、それとは別に常に機器、人材のそろっている総合病院とは連携を取れる準備はしており、私の力の及ばない事柄についてはいつでも御紹介するつもりでいます。
西成田医院が、何がしかの存在意義を持てるよう、さらに前進して参りたいと考えております。
皆様かたの卒直な御意見などもお聞かせください。
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